今日は、「遠くからの電話」の日。
発信先通知不可、が3件。
いちばんは、朝、4時47分で、思わず携帯のディジタルのディスプレイを凝視した、あたまはまだ眠っているのに。でも、それは実は、とても大事な友達からで、夢か現実かつかないような感じで、少し話した。血が巡っていなくて、身体がつめたくて、思考が鈍い。やれやれ、とまた眠ろうとして、あたたかくて、うれしい気持ちがするのに、気がついた、やっとそこで。世界の何処にいるのでも、友達とは、繋がっていられるんだ。
2件目は、勤務中、なので留守電。風の音、がごうごう響くような(それは台風の真ん中に相手がいるみたいな錯覚)、国際電話特有の(もしくは途上国のfragileな通信環境特有の)、ノイズにまみれて、言葉が聞き取れない。でも、明るくて大きな声で、すぐに顔が浮かんだ。と同時に(そこに存在しているであろう)、台北の街の湿度や熱を想像してみるけれど、とても遠い。
3件目。妹より。今、カトマンズにいる。来週から、出張で電話のかけられないところにゆくので、早めのお誕生日おめでとう、を言ってもらう。声が意外と近くに聞こえた。懐かしい妹の声、子供のころから知っているあの息遣いも聞こえて、姉妹だ、ぴりぴりするカトマンズの様子と、そして断然とりとめのない、くだらない話しまでを一息にして、互いに安心する。けれども、唐突に、ぷつん、と断ち切るように、電話は切れた。ウズベキスタン-ネパール。
そして。
夜、20.00。今日、退院した友達と、おめでとう、なので、遠隔で、リレーみたいに、「一緒に」お酒を飲む。彼女は、東京時間の20.00で、私はウズベキスタン時間の20.00、4時間遅れで追いかける。おめでとうー。よくがんばりました。うん、これから楽しいこと、まだまだたくさん、見せてよ。一緒に遠くに長い旅行とか、行ってみたいなあ。
遠くでも、いろんなところで、ちゃんと繋がっている実感を伴って、声に出して。
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